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自分の心に鈍感な私が、癒され、自分を大事にするようになった、セラピスト時代

もしも、”人生のテーマ”みたいな大それたものが私にもあるのだとしたら…

それはきっと、”癒し”なんじゃないかなと思う。そして、話すことも…かな?


そんな感じで始まった、【もしも”人生のテーマ”があるのなら】というお話。

先日は、”癒し”という1つのテーマに出会うまでのお話をしました。

もしも人生のテーマがあるのなら…。|”癒し”に出会うまでのこと


今回は、大学卒業後、セラピストとして活動し始めてからのことを書いていきます。

主に、ボディケアセラピストとして活動していた時のことですね。


セラピストになってからの私は、いつも目の前のことに一生懸命だったように思います。

それは、たくさんの知識を詰め込んだとか、ものすごく練習して技術を磨いたということじゃなくて…

その瞬間瞬間で、目の前にやってきた”課題”みたいなものに、必死に向き合っていくような感覚だったなと思います。


今になって思うと、

人の心には敏感なくせに、自分の心には鈍感だった私は、無意識のうちに、自分の感情も意見も抑え込んで、我慢して…心も体もボロボロになっているのに、それにさえ気づけない状態でした。

そんな私が、自分の体や心の状態に気づき、何もでき伊自分を受け入れてくれる人たちと出会い、自分自身を癒し…そうやって、自分らしさを取り戻していく。

そんな流れが、セラピストとして活動した7年間には会ったような気がします。

セラピストになってから、『幸せだ』『天職だ』と思い続けていた私は、いつのまにか、自分の軸から外れていた。

大学卒業後、私はセラピストになりました。

初めに務めたのは、治療院系列のクイックリラクゼーション店。

私は本当に、”癒し”に関わる仕事に就くことになった。


毎日が楽しくて、充実してた。

お客様が会いに来てくれて、たくさん遊んで、楽しくて楽しくて。すごく楽しませてくれて、大好きで。

もう感謝しかないくらいなのに、帰りにはなぜか、お小遣いまでくれちゃうような…そんな感覚で。

もぅ『お客様たちみんな、神様か何かなのかな?』って思うくらい、幸せすぎた。


だから、お客様のために少しでも自分にできることを探したくて、

『もっと私にできることはないかな?』『もっと、深く深く癒すことはできないのかな?』って思ってた。

『もっともっと喜んでもらいたいし、私のところに来てくれるお客様には、もっともっと幸せになってもらいないな』って思ってた。

同時に、他のスタッフより、技術も知識もなく未熟なことが悔しくて…そんな私を選んでくれるお客様のために、『もっと、もっと…』と自分にできることを探してた。


今になって思えば、辛いこともたくさんあったし、『やりたくない』と思うことにも手を出したりしてた。

自分のところに来てくれるお客様たちの笑顔を見たら、辛いのなんて吹っ飛んじゃうような感覚だった。

突然の虚無感。働く意味を見失ってることに気づいた。

でもある日、体調が悪化していったことで、自分が無理してたことに気づき始めた。


お客様と過ごす時間が愛おしくて、毎日、お客様のことばかり考えてた。

家族とも友達とも会えなくても、大好きなお客様たちで満たされてた。


でも、ある日の施術中、ふと気づいてしまった。

お客さま達には家族がいて、恋人がいて、友達がいて、仕事があって…。

私の存在・ここに来る時間は、お客様の人生のほんの一部でしかない。

私にはお客様たちしか、仕事しかないのに…。お客様たちには他にもたくさんの大事なものがある。

私が思ってるほど、お客様にとっては大きな意味を持った時間ではないのかもしれない。


そう思った時には、心にぽっかり穴が開いたような虚無感に襲われ、何も頭に入ってこない状態になってた。

それでも、お客様たちが来るたび、笑顔で対応して、マッサージした。

心の中に何もない、虚無感みたいな…そんな感覚を突き付けられ、感じ続ける1日だった。


帰り道、訳もわからず、涙が出た。大声で叫びたい気分だった。

その日私は、働く意味を見失った。

自分の幸せでも、家族や友人の幸せのためでもなく、お客様や仕事のために仕事をしている矛盾が、頭の中でグルグルまわってた。

人生を豊かにするための仕事ではなく、仕事のための仕事だ。

体も心も重く、気力だけで生きていたことにさえ、気づけなかった。

たぶん、同じような時期だったと思う。

体調が悪化していき、お客様に会ってる時間以外は、体も心も動かないような状態になった。気力だけで生きてる…そんな感覚。


朝起きて、家を出て、いつもの電車に乗って…体にも心にも力が入らないまま、電車に揺られる。ふと、『どこかで下車しようかな』『このまま、どこか遠くに行きたいな』と思う瞬間もあった。

ボーっとしてるうちに駅に着き、職場に入る前に深呼吸して、元気なふりをする。

お客様に会った時、やっとちゃんと笑えるような…そんな感覚の日々だった。


仕事を辞めることも考えたけど、お客様たちと離れることを考えられなかった。

自分がいなくなったことで、『あいつがいなくても、全然問題ないな~』みたいに、自分に価値がなかったと気づかれてしまうことが恐かった。


今になって思うと、当時の私は、もう気力だけで動いてるような、結構ひどい状態だったと思う。


顔を合わせたことがある程度のお客様に、抱きつかれたことがあった。

彼女は2回ほど、「ねぇ、死にたいの?」と心配して、声をかけてくれた。

でも、当時の私は『死にたい』と思った覚えもなく…、『なんか、変な人だな…』と思って、愛想笑いをしながら距離をとっていた。

けど、周囲の人も自分自身でさえも気づかない違和感に、彼女は気づいてくれたのかもしれない。


きっと、あの頃の私は、そんなことにも気づけないほどの状態だった。

自分の時間を大切にするようになって、自分の気持ちにも気づき始めた。

不思議な縁があって、ある神社で癒されるという体験をした。

理由なんてわからなかった。


体が重くて、だるくて、苦しくて…心が動かなくて、苦しくて、何も考えられなくて…。

毎日マッサージに行っても、何をしても変化のなかったものが、一気にふっと軽くなった。

セラピストになってから、見えないものを否定しようとしてた私だけど…『信じざるを得ないな…』と思うような体験でした。


そこから、さらに縁は広がり、私は、誰かを癒すことばかり考えるのではなく、”自分を癒すこと”を考えるようになった。


休みの日は、スマホの電源を切っることにした。

休みの日には、仕事のことを考えないことにした。

友達に会ってみたりもした。友達に会うより、お客様に会う方が楽しすぎて、お客様のことばかり考えてしまう自分に気づいた。

旅行にも行くようになった。『行ってみたい』と思った場所にいって、のんびり過ごす。距離をが離れると、仕事のことを忘れられることに気づいた。

自分を見てる人がいない、自分を知ってる人がいない、自分に関心を持ちすぎる人がいない。そんなことが、すごく嬉しかった。


自分の時間をとったり、『行きたい』と思った気持ちを優先させて旅行に行くと、その話を楽しみにしてくれるお客様たちができた。本や切符をくれるお客様もいた。

自分を癒すと、お客様の感覚がわかるようになったり、もっとお客様に寄り添えるようになった。

自分を癒すことで、新しい方法を知り、それをお客様に試したりもした。

以前よりもずっと、お客様の体や心に寄り添えるようになり、『こんなことをやってみたらどうだろう?』『あんなことをやってみたら…?』とイメージがわき、自分の形を模索していった。


『お客様のために、頑張らなきゃ!』と焦ってた頃より、ずっとずっと心は軽かったし、もっと深い部分まで癒せるような、そんな感覚があった。

『他の誰かにもできることではなく、自分にしかできないことを追求したい』と思うようになった。


私は、治療家になりたいのではないという、当たり前のことに気づいた。

『体だけではなく、もっと心にアプローチできるようになりたい。自分にしかできない方法で。』と思うようになった。


『他の誰かに任せられることは任せて、私は、私にしかできない形で癒しを追究したい』という思いは強くなった。

人のためばかりではなく、自分を癒すことを大切にするようになった。

2014年、勤めていた会社を辞め、フリーランスという働き方になった。


でも、私は変わらなかった。

ただ『目の前にいるお客様のためのできることをしたい』だけで、ただ、”癒し”が大好きで、もっともっと深く癒せる方法を追究したいと思った。

変わったことがあるとすれば、

”自分を癒すこと”を大切にするようになったこと。

そして、自分が変わることで、お客様に提供できるものが変わっていくこと、自然とお客様に影響していくことを受け入れるようになったことだと思う。


以前の私は、『もっとお客様に癒されてほしい』という思いばかりで、自分の気持ちが置き去りだった。

自分が辛くても我慢して我慢して…そうやって必死に頑張ってた。


でも、自分を大切にすることにした。

自分を癒していくことや、その癒しについて体感し学ぶことが楽しくて、夢中になった。


自分を癒して学んでいくほどに、お客様にできることも増えて、より深い癒しを提供できるような感覚が、嬉しくてしょうがなかった。

『セラピストになったのは、お客様ではなく、自分自身を癒すためだったのかもしれない』と思った。

子供の頃のことを聞かれた時、私は何も思い出せなかった。


時間がたつにつれて、『幸せな家庭で育ったんだ』と思い込んでいた実家や家族に、いい感情を抱いていなかった自分に気づいた。思い出そうとすると、苦しくなる。

理由はわからなかった。


声にならない、言葉にならない何かが、ポコポコと出ていくような感覚になった。


『自分と同じだ』と心のどこかで思っていた友達が、ディズニーランドで無邪気に笑うのを見て、すごく羨ましくなった。

私は、自分の感情を素直に表現できていない自分に気づいた。

無邪気に笑ってるふりをしてるだけで、心から笑えていない、周囲に合わせている自分に気づいた。


子供の頃のことを思い出していくと…

幼少期からずっと、たくさんのストレスを抱え込んでいて、それが体に表れてしまったり、自分でも制御しきれない行動・矛盾に表れていたことに気づいた。

そして、それに気づいて、その心の傷や、その影響が出てしまったものを癒すことが、まるで自分に与えられた課題のように感じた。

そうやって自分を癒していくことで、似た体験をした人たちの体や心の状態に寄り添っていけること。

それが、”癒しを追究する”ということのようにも感じた。


『私がセラピストになったのは、自分自身を癒すためだったのかもしれないな~』と、たびたび考えた。



自分自身を癒していくうちに、表情・しぐさ・考え方…いろんなものが変わっていったと思う。

新しい何者かになるのではなく、余計なものを手放して、本来の自分らしくなっていく。そんな感覚だったかもしれない。


自分が癒されていくことで、お客様たちをより深く癒していくことができる。今まではっ気づけなかった角度から、状況を見ることができるようになる。

その感覚は嬉しかったし。

お客様たちの変化・状況も、どんどん変わっていった。


『もっと深く癒すためには、どうすればいいんだろう?』と考え、必死に癒しを探求した。

自分が変わることで、『天職』と信じてたものが退屈・窮屈なものになっていった。

自分を癒していくにつれて、自分がやってることと、本来やりたいことのズレを修正しようとするようになった。

どんどん癒されて、思い込みに気づいて、『もっと、気楽にいていいんだな~』と思うことも増えていって…”私らしさ”が顔を出すようになってきた。

だんだん、”セラピスト”という枠からはみ出ようとしてる自分に気づいては、”セラピスト”という枠に抑え込もうとしてた。


以前は『天職だ』と本気で信じていた、ボディケアセラピスト。(マッサージとか)

だけど、いつからか、退屈に感じるようになった。


考えなくても、対応できることも多く、『どうしたら、もっと深く癒せるだろう?』と考えることも少なくなった。

考えなくても、お客様のお客様が求めている以上のことができてしまう。そんな状態が続いた。


自分にはもっとできることがあるのに、それを求められていない状態。


心の問題だったり、『向き合うべきことがあるんじゃないかな?』と思うのに、ぜんぶを体のせいにされて、それを『治してほしい』『改善してほしい』と思ってくる人たちがいる。

もちろん、マッサージをすれば楽になったりもする。でも、それでは根本的な問題は変わらないのに…それを求めてもらえないことが、悲しかった。


私がやってるのは、私にしかできない施術で…だから、求めてくれる人もたくさんいた。必要としてくれる人たちがいた。

「才能があるから、辞めちゃいけない」と言ってくれる人たちもいて、なかなかやめることができないまま、時間は過ぎていった。


でも私は、退屈過ぎて逃げたかった。

何度も『逃げよう』と思って、失敗した。

できること、必要とされることと、『やりたい』とワクワクすることは違った。

いくら才能があったとしても、求められていたとしても…物足りなかった。

『天職だ』と信じてたセラピストを辞める時は、突然、訪れた。

いつのまにか私は、お客様への施術(マッサージ)ではなく、お客様やセラピスト仲間の相談にのることが楽しく感じてた。

ただ話をして、話をして…そうやって人が変わっていく姿を見るのが楽しかった。

必要な時に、少しだけ体に触れる。…それくらいのバランスが、ちょうどよかった。


ある日、「この場所にいちゃいけない」と言われた。「もっとたくさんの人に、これをやってあげなきゃいけない」と。

その週、同じ話を数人にされた。


自分でも、そんな予感はあった。

『新しい場所に、一歩踏み出したい』『ここを辞めて、別の場所で。何かをやってみたい』という思いが強くなってた。

お客様たちがいくら求めてくれても…、私自身の本心を抑え込んでいることで、お客様の癒しの妨げになってる瞬間があることも感じてた。

『この場所にいちゃいけない』『現状維持じゃダメだ』とも感じてた。


契約してたお店移転に失敗し、場所を間借りすることになった。そこは私にはあわず…。

『オーナーへの恩もあるから…』と辞めにくかった私も、ついに辞めることになった。

別れ際、「もう帰ってきちゃダメだよ」と言われた。


何度も『新しい世界に飛び出したい』と思ってセラピストを辞めては、行先がわからなくなって、セラピストに戻ってきてた。

何度も同じお店を辞め、復帰し…を切り返してた。

「もう帰ってきちゃダメだよ」という言葉が優しく、温かく聞こえた。


その後、もう1度だけ復職したんだけど…すぐに『ここには、自分の居場所がなくなってしまったんだ…』と感じて、すぐに辞めてしまった。

そのまま、スマホを解約し、すべてをリセットすることにした。セラピストを辞めることにした。

まとめ|最後にもう1度目次を…

今回は、ボディケアセラピストをメインに活動していた、7~8年のことを書いてきました。

何を書くかも決めず、思いつくままに書いてきたのですが…細かい技術や知識については、ほとんど書いてないような気がします。(^^;


目次を読み直してみると、こんな感じ。

  1. セラピストになってから、『幸せだ』『天職だ』と思い続けていた私は、いつのまにか、自分の軸から外れていた。
  2. 突然の虚無感。働く意味を見失ってることに気づいた。
  3. 体も心も重く、気力だけで生きていたことにさえ、気づけなかった。

  4. 自分の時間を大切にするようになって、自分の気持ちにも気づき始めた。

  5. 人のためばかりではなく、自分を癒すことを大切にするようになった。
  6. 『セラピストになったのは、お客様ではなく、自分自身を癒すためだったのかもしれない』と思った。

  7. 自分が変わることで、『天職』と信じてたものが退屈・窮屈なものになっていった。
  8. 『天職だ』と信じてたセラピストを辞める時は、突然、訪れた。


実はね、とにかく書きまくった結果、自分でも、何を伝えようとしたのかは理解していなかったんですよね。

でも、目次を見た時に、『あぁ、そういうことか』って。

バラバラだと思ってたものには、実は1つの流れがあったんだなって。


私が伝えたいのは、体や心を癒す技術でも知識でもなく、こういうことかもしれないなって。

今日は、ただそんなブログでした。

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