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心がつぶれたことで迷いがなくなって、セラピストになる決意できたって話

こんにちは、愛弓です。

大学3年の時、『セラピストになりたい』という気持ちが芽生えたのですが…

その思いをだれにも伝えることができないまま、約1年間、卒業研究と就活をしていました。


はじめのうちは、セラピストになってからのことを想像して楽しんでいましたが…いつのまにか、自分の目的も見失い、ただ日々が過ぎるのを待つようになりました。

朝起きれなくなって、足が重たくなって…

いつの間にか、トイレで休憩しながら、脱走することを妄想したり…

毎日、飲めなかったはずのビールを飲んで気を紛らわせたりしていました。


ある日、うまく笑えなくなってる自分に気づいたとき、『あ、やばいかも』と初めて自覚しました。


正直なところ、『セラピストになりたい』と思っても、まだ自分の中に迷いがあったんですよね。

だから、すぐに大学を辞める決断もできず『とりあえず卒業しよう』と卒業研究と就活を両立してるふりをし続けることを選びました。

この1年間は、めちゃくちゃつらかった!


でも、この時に1度心がつぶれたことで、自分の中にあった『セラピストになりたい』という強い思いを再発見し、迷いが吹っ切れました。

たぶん、今の私があるのは、この1年の体験があったからですね。間違いないw

https://healinghands-ayumi.net/wp-content/uploads/2019/03/dfdc5dad961fe7eef37ba5cdafaf4e8e-1-e1553671532754.jpeg愛弓

今回は、

心がつぶれたおかげで迷いが吹っ切れ、『セラピストになる』と決意できたんだよってお話です。


苦しいことかもしれないけど…心がつぶれそうになる体験というのは、悪いことばかりじゃないんじゃないかなって。

少なくとも私は、この1年がなければ、本当にセラピストになっていたかも定かではありません。

それに、すぐにセラピストを辞めていたと思います。


今の私があるのは、この体験があったからかもしれません。

心がつぶれたことで、迷いが消えた

大学時代、”深く話すこと”を通じて、何度も不思議な感覚を体験しました。

そんな中で私には『セラピストになりたい』という思いが芽生えました。

あせて読みたい

『セラピストになりたい』と思うまでのことは、こちらに書いてあります。

自分の感覚を否定してた私が、自分の居場所を見つけて、セラピストを目指すまでのこと


『セラピストになりたい』と思っても、まだ迷いがありました。

  • お給料や待遇の問題。
  • 大学で学んだことを活かせない、1からのスタート。
  • 家族、親戚、先生たち、友達…みんなからどう思われるか。

将来への不安やプライドが邪魔して、今まで持っていたものを捨ててセラピストになる覚悟を決めることができませんでした。


『セラピストになりたい』と誰にも伝えられないまま、心がつぶれたことで、迷いが吹っ切れ、セラピストになることができました。

『セラピストになりたい』と言えず、心がつぶれた

私はセラピストになることに決めた。

…と言っても、私は『セラピストになりたい』と誰にも伝えることができないまま、約1年間、就活と卒業研究をすることになります。

本当は就職する気はなく、『セラピストになる』と言えないがための、セラピストになる言い訳づくりの偽りの就活……めんどくさいやつですよね(^^;


初めのうちは、

『セラピストになったら、ここにいる人たち(働いてる人たち)にどんなことをできるかな?』と想像を膨らませて、セラピストになってからのことを考えていました。

一生懸命に働いてる人はもちろん、体や心が疲れてしまってる人たちのいる環境を実際に体感していく中で、『自分にできることは何だろう?』と問いかけ続けてたんですよね、きっと。

今になって思うと、大学の研究室ではなく、外部の研究所にいた(私にとっての)メリットはこれだと思う。

でも、そんなのは初めの数か月だけでした。


気づけば、”セラピスト”という夢を諦めて、てきとうに就職しようとしてた時期もあります。


毎日のように、「就活どうだった?」とか「早く決めて、研究に本腰入れてよ」と言われ続けるのは、つらかった。

楽しくおしゃべりできず、気を使い続けて、「したっぱ」なんて呼ばれて、誰にも本心を打ち明けることもできなくて…。

いろんなことが連鎖して、どんどん苦しくなっていった。


自分の心を偽ったり、身近な人たちに言い訳し続けることに疲れてしまったのかもしれません。

『早く内定を取ってしまった方が楽だろうな~』とも思いました。

『ちょっと有名な企業とか、大きな企業に入って、見返してやりたいな』なんて思いから、他の企業に就職することも考えた時期もあります。


いつのまにか、飲めなかったはずのビールを毎日買って帰って、ひとりで飲んでました。

何を食べてるのかも、何を飲んでるのかもわからなくて…もしかすると、虚しさを紛らわせようとしてたのかもしれません。

セラピストになりたかったことも忘れて、ただただ日常をやり過ごしていました。


ある日、いつも通り、2人の研究員さんと昼食をとっていた時のことでした。

笑ってるつもりなのに、顔も声もぜんぜん笑えていない自分に気づいて、『あぁ、もう限界だな』と自覚しました。

空っぽな自分を感じて泣きそうになるのを抑えながら1日を過ごして、帰宅しました。

そこから数日間は、無気力状態というか…何にも考えられなくて、とにかく誰かに話したくて、聞いてほしくてしょうがなかった。

友達に会った瞬間、気持ちが抑えられなくなって、初めて本気で相談しました。自分の本心を打ち明けた。

セラピストになって、”深く話すこと・癒し”を探究したかった

友達に紹介されて、初めてカウンセラーさんに会いました。

「どうしたの?」と聞かれた瞬間、『何から話せばいいんだろう?』という迷いとは裏腹に、言葉が止まらなくなりました。

カウンセラーさんが話す余裕がないくらい、1人で延々と話し続け、【”深く話すこと”がしたかったこと】と【セラピストになりたいこと】を思い出し、涙が流れました。

『そう、そうだ! 私はそれがしたかったんだ!』


一瞬、カウンセラーという仕事も頭をよぎりました。人と深く話すこをメインにできる仕事だから。

でも、『資格もないし、無理だな』とそのことはすぐに打ち消しました。

カウンセラーになることよりも、「セラピストになる」という言葉の方が、圧倒的に自分の中の何かを変えたような気がしたんです。

心に力が戻ったというか、心に光がともるというか…そんな感じ。


私は、カウンセラーではなく、セラピストになりたかった。

セラピストになって、心が疲れてる人、一人で抱え込んで必死に頑張ってる人の力になりたかった。

私に誰かを救えるかなんてわからない。それでも、一人ぼっちにならないように、そばにいたいと思った。

セラピストになって、”深く話すこと・癒し”を深めたかった。


『セラピストになりたい』という自分の意思が明確になったおかげで、卒業までの数か月間、今までとは違った気持ちと感覚で、卒業研究と就活を続けることができました。

そして、3月に震災が起こったことで卒業式がなくなり、そのまま大学を卒業しました。

その後、セラピストになるための就活を始めると、わずか2・5日で就職先がきまり、セラピストとして働くことになりました。

ちなみに…当時の私は、興味のあるリラクゼーション業界の会社は全部、就職直前じゃないと面接してもらえないと思っていたので、この時期まで就活せずに待ってました。

実際には、1・2か月前でも面接を受け付けてくれる会社もあるし、1年後でも待っててくれるお店もあります。

なので、セラピストの就活に興味がある方は、それぞれの企業に相談してみればいいかと思います。

今になって考えてみると…

心がつぶれるような苦しい体験は、マイナスな側面だけじゃない

正直なところ、『セラピストになりたい』と思った時点で大学を辞めて、専門学校に行くなり、就活するなりすればよかったんですよね。

苦しくて『逃げ出したい』と思った時点で、本当に逃げ出すこともできたんです。


実際に、外部の研究室に行った人の中には、通えなくなって大学の研究室に戻る人もいました。だから、逃げようと思えば、逃げれたんだと思う。

『自分が悪いんだ…』『自分が弱いから…』なんて思ったりもしたけど、

結局は、研究員として同じグループで働いていた人も1年で転勤ししたり、移動していて…たぶん、あの環境が辛かったのは私だけじゃなかったんだと思う。

だから、できない自分を責める必要なんてなかったし、逃げてもよかったんは思う。


でも私は、大学を辞めなかったし、研究所からも逃げなかった。逃げたくはなかった。

多分これは、その行動が良いか悪いかの問題じゃなくて、私の性格なんだと思う。


でも今では、『あの時、逃げなくてよかったな』って思う。

たぶん、あの環境でいろんな人たちと関わって、いろんな思いを抱えて…そんな体験をしなきゃ、お客様と話していても、お客様の気持ちを感じることなんてできなかったと思う。

そういう体験をしてきたからこそ、話せることもたくさんあって…すごくためになったと思う。

セラピストになる決意ができた

あの時の、心がつぶれるような苦しい体験がなければ、私は『セラピストになる』という決断ができなかったかもしれない。


周囲の人たちからすれば、セラピストという仕事を選んだ私は、変り者だったのかもしれない。

大学に行った意味もなくなってしまう。

初任給だって、たったの15万で、売り上げが出せなきゃ、何年たっても15万のまま。ボーナスも何もない。そこから、年金や保険料がひかれることになる。(私の場合)

友達は初任給が20万前後あるのに…わざわざ大変な思いをして、給料の安いところに就職することになる。

大学まで出たのに…肉体労働になる。肉体労働が向いてるタイプとは思えないのに。


私の周りには、接客業や肉体労働を見下すような発言をする人もいたし…私自身も、本当にそれでいいのか、大丈夫なのか不安だった。

だから、『セラピストになりたい』と思っても、なかなか決断できなかった。

業務委託とか契約社員なんて言葉を見るたび、『本当にいいの?』『大丈夫??』って違和感を抱き続けてたんだ。


だから、心がつぶれるような苦しい体験をしなければ、『セラピストになる』と決断できずに、別の道を歩んでいたかもしれない。

でも私はきっと、ほかの道を歩んでいたとしたら、自分らしさなんて失って、もっと苦しい思いを長期的に我慢し続けていたんだと思う。

だから、あの1年の体験があってよかったなって思ってる。


それにね、セラピストになってから、いろんな体験をして、いろんなことを考え成長してきたんだと思う。

私は、セラピストにならなかった人生なんて想像できないし、今の自分でよかったと思ってるんだ。

だから、あの1年があってよかった思う。

あの時、自分の気持ちに気づいて、『セラピストになる』と決意できてよかったなって。

途中で逃げずに、向き合えた

技術を習得するって、そんなに簡単なもんじゃないんだよね、きっと。

私の場合は、もともとマッサージなんてしたことがなかったし、感覚をつかめなくて、『うぅ…』ってなんか苦しい気持ちになったりもした。

うまくできない自分が情けなくて、悔しくて、涙が止まらなくなった日もあった。


指・手首…いろんなところが痛くて、すごく苦しかったこともある。

マッサージするたびに手首を捻挫してたり、疲労骨折で親指が変な方向に曲がっちゃったり、マッサージするたびに足がつって、それでも笑顔で頑張んなきゃいけなかったり…

40代の男性しかいない環境でストレスフルだったり、頑張っても『若いから』『女だから』という理由だけで認めてもらえなかったり…


多分、逃げ出したいときなんてたくさんあったと思う。

それでも『逃げ出したい』『セラピストを辞めよう』とは思わなかった。

それはきっと、あの1年間の心がつぶれてしまうほど苦しかった体験があったからだと思う。


もしかしたら、『逃げ出せばよかったじゃない』って思う人もいるかもしれないよね。

でも、そ1つ1つの体験が、お客様の体・心に触れる時の触媒になってくれてる。

多分、これからやりたいことをやっていくために、欠かせないことだったんだと思う。

何より、セラピストとしての自分も、セラピストを経験したことで出来上がった今の自分も好きなんだよね。

だから、私は逃げなくてよかったと思う。


心がつぶれるような苦しい思いなんて、できればしたくない。

できれば、誰にもそんな思いはさせたくはない。

だからこそ、その1つ1つの感覚を私は知っていたいなって思う。

じゃなきゃ、誰かに寄り添うことなんてできなくて…誰かを自分の思い込みの中に閉じ込めてしまうと思うから。


何より、セラピストとしていろんなことをして成長した、今の自分が大好きだったりする。

過去の自分に戻りたいとも思わないし、他の誰かになりたかったとも思わない。

私は、私でよかったと思う。


幼いころの私は、『私なんて、生まれてこなければよかった』と思ってた。『このまま死んじゃえば楽だろうな』って何度も想像してた。生きる意味なんてわからなかったし、生きることが苦しかった。

そんな時もあったと思う。

でも、そんな私が、今は自分を誇らしく思ってる。

自分でよかったと思ってる。

生きててよかったと思ってる。

まだまだ生きてやりたいことがある。


そんな風に思えるようになったのは、嫌なことがあっても逃げださずに、セラピストという仕事・癒し・自分自身…いろんなものに向き合ってきたからだと思う。

そして、向き合わせてくれた理由の1つに、あの1年間の心がつぶれるほど苦しかった体験があると思う。

だから、あの時の経験も、あってよかったと思う。


だからって私は『心がつぶれそうな苦しい体験できたことを感謝したほうがいい』とは思わない。

感謝するほどじゃないのに、わざわざ感謝する必要なんてない。

ただ、『あんなこともあったな~』『あのおかげで、今の私があるんだな~』って、いつか、そんなふうに思い出すことができるようになったらいいよねって思う。

カウンセラーではなく、セラピストを選んだ

今になって考えてみると…

”深く話すこと”をしたかったのに、カウンセラーではなく、セラピストになりたかったんですよね。

不思議ですよね…。


小学生の時は、国語の教科書は苦手で眠くなるけど、道徳の教科書は大好きでした。

いろんな人たちの体験記を読んだり、テレビを通じて、人の心を想像するのが大好きでした。

高校時代は、倫理がなにかもわからないまま、なんとなく倫理に興味があったのに…私の学年から倫理の授業がなくなりました。道徳のようなものだと思ってたので、残念でした。

大学1年の時に心理学にも興味があって、学んだことがあったんですよね。でも、自分のやりたかったものとは全然違いました。


だから私は、たくさんの人たちと関わって、その中で私なりのカウンセリングを磨いていたんですよね。

いろんなお店に行って、接客を見たり、実際に葉暗視を聞いたりしながら、自分の中で感覚的に、心理学に近いものを形作っていったんですよね。

そのおかげで、大学時代は人の相談にのる機会が増え、不思議な体験をたくさんしたのかもしれません。


そして、セラピストになってからは、お客様の体や心に触れ、たくさんの人たちと関わっていく中で”深く話すこと”や”心”について深めていったんだと思います。

もちろん、お客様の体に触れるために勉強もしました。

でも、それ以上に感覚的に伝わってくるものは大きくて…

どんどん感覚を研ぎ澄ませながら、そこに知識を付け加えていくことも多かったような気がします。

そして常に、人との距離感を考え続けた。


誰かの作った形、常識・学問ではなく、自分の体験を通じて”深く話すこと・癒し”を探究していきたかったんだろうなと、今は思います。

実際に、『私のセラピスト人生は何だったか?』と考えてみると、その1つに『私にとっての心理学のようなもの』という感覚があります。

カウンセラーさんたちが心理学というアイテムをもって旅するように、私は、セラピスト人生を通じて学んできたものをもって、これから歩んでいくんだなって。


私が”深く話すこと”を探求していくために必要だったのは、普通のカウンセラーさんのような心理学や方法ではなくて…セラピストになってから体験してきたものだったんだと思います。

だから私は、カウンセラーではなく、セラピストという仕事を選んだのかなと。

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