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自分の感覚を否定してた私が、自分の居場所を見つけて、セラピストを目指すまでのこと

こんにちは、愛弓です。

幼いころからずっと、自分の感覚を表現することを恐れて、自分の感覚を否定していました。

自分の感覚を表現することで、怒鳴られたり、否定的な感情をぶつけられたり、大切な人を傷つけてしまったり…そういうのが恐かったんですよね、きっと。


でも、大学時代に人の相談にのるようになったことで、自分の感覚を喜んでもらえる場所を見つけることができました。

そして、学園祭で感じた、心の奥から何かが震えあがってくるような不思議な感覚がきっかけになり、『深く話すことをしていきたい』と、セラピストを目指すようになっていきました。

https://healinghands-ayumi.net/wp-content/uploads/2019/03/dfdc5dad961fe7eef37ba5cdafaf4e8e-1-e1553671532754.jpeg愛弓

今回は、

自分の感覚を否定していた私が、自分の居場所を見つけて、セラピストを目指すまでのことを話していこうと思います。

高校時代、自分の感覚が恐かった

高校入学当時、壇上で話してた先輩がキラキラと輝いて見えて…『私もあそこで、あんなふうに話してみたい』と思い、生徒会に入りました。

高校2年生になった時、初めて壇上にあがり、全校生徒の前で話しました。

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その時のことは、こちらの記事でも書いています。

まだ読んでない人はどうぞ。

人見知りで引っ込み思案な女の子が、全校生徒の前で話すようになった話


壇上で話すためには、委員会での活動もしなきゃいけません。


突然、活動内容も知らない委員会にやってきて、委員長代行になった私。

私には、みんなをまとめる、リーダーらしいリーダーになる自信なんてなかった。

だから、『一人一人が居心地がよく、自分で考えて行動できるような環境を作ろう』と思いました。

『みんなが楽しんでる間に自発的にゴールにたどり着けるように、舵をとろう』

『もしも足りない部分があれば、私が全部おぎなえばいい』


不思議なことに、後輩たちの気持ちが手に取るようにわかる瞬間がたくさんありました。

どんなふうに声をかければ、誰がどう動き、結果としてどう導けるか…そういうことが手に取るようにわかる瞬間が、何度もあった。

そのおかげで、みんながワイワイ楽しそうに活動してくれてたし、お互いに声を掛け合って頑張れる雰囲気が作れたし、活動も比較的スムーズだった気がします。


だけど、人の心や、どういう流れで進んでいくかが手に取るようにわかる感覚を感じ、状況をコントロールしてる自分に気づくたび…

私は自分に恐怖心を抱いた。

『誰にも気づかれたくはない』『気づかれたら、恐がられてしまう』と。


1年間、委員長代行をやり切った私は、【壇上で、全校生徒の前で話す】という小さな夢を何度も叶え、たくさんのことを学びました。

満足してしまったので…『受験勉強をしよう』と、3年生になる時には他の人に委員長を任せて、生徒会をやめました。

恐れていたのは、ほかの誰でもなく自分自身だったのかも…

大学生になっても、なんとなく感じることは多かった。

時には、『この子は、あまり近づきすぎないほうがいいな』『このままだと、友達が傷つくことになるな…』と感じることもありました。

でも、やんわりとでもそれを伝えてしまうと、なんだか自分が人のことを悪く言ったり、仲間はずれにしようとして嫌な奴みたいな気がするんですよね。

そういうのが嫌で、あまり人には伝えないようにしていました。


それでも、「愛弓さんの言うとおりだった!」と後から言われることもあって…「これからは、愛弓さんの言うことを信じるよ!」なんて言われると、それも苦しかったりする。

『人から”自分で考えること”を奪って、私の思い通りにコントロールしてるんじゃないかな?』という、自分への恐怖感を感じるんですよね。


だから、この感覚は、あまり人に気づかれないように日常に潜ませていました。

もしかすると、人に恐がられること以上に、自分自身が恐れていたのかもしれません。

人に恐がられて、嫌われることを。

自分が普通ではないかもしれない…ということを。

自分の感覚受け入れるようになって、セラピストという仕事に出会った

相談にのることで、自分の感覚を受け入れてもらえる場所を見つけた

人の相談に乗る機会が増えました。

不思議と、人の心や状況…いろんなものが手に取るようにわかったり、体感する瞬間があって、その感覚が楽しかった。

目の前にいる誰かと、自分の心が一体化したような感覚が好きだった。


『気づかれたら、恐がられてしまう』と感じて、こっそりと日常の中に潜ませていた感覚。


でも、「相談にのってくれる?」「ちょっと相談してもいい?」と声をかけられた時って、その感覚を受け入れてくれる人が多かったんですよね。

「欲しかった言葉をもらえた」とか「心の中にあるのに言葉にできなかったものを理解してもらえた。言葉にしてもらえた気がする」と喜んでもらえることも増えて…

私は初めて、【自分の感覚を表現することで、喜んでもらえる場所】を見つけたのかもしれません。

【相談にのること】自分の感覚を表現しても喜んでもらえる場所を見つけた

魂の琴線に触れた…そんな感覚

大学入学時からずっと、接客業に興味があったんですよね。

だけど、自分の容姿に自信がなくて、接客業の面接を受けに行くことができなかった。

そんな私が、ゆいいつ接客できたのが、毎年の学園祭でした。


大学3年の時、お客様の相談に乗ったことで、心の奥から何かが震えあがってくるような、不思議な感覚を体感しました。

そのおかげで、『コレだ! これを一生やっていこう』と思えるものに出会えました。

そこには、”癒し”や、”自分の感覚が表現できること”…そして、”心がつながるほど、深く話すこと”がありました。

【夢の原点】10年間ずっと、私の道しるべになてくれた感動と体験

諦めかけた時に、セラピストという仕事に出会った

『あの感覚をもっと感じたい』『”深く話すこと”を仕事にしたい』という思いは、日に日に強くなっていきました。


でも私には、話すことへの自信も、『自分にはできる』という信頼もありませんでした。

おまけに、それをメインにできる職業も、方法もわからなかった。


そんな私が、”深く話すこと・夢”を諦めて就活し始めた時に出会ったのが、セラピストという仕事でした。

『セラピストなら、こっそりと”深く話すこと”を続けられるかもしれない』

『お客様に必要のないものを売る必要もなく、お客様のことだけを考えて、一生懸命でいられるかもしれない』

そう思って、セラピストになることを決めました。

今になって考えると…

私は、幼いころから”自分の感覚で話すこと”にものすごくコンプレックスを感じていました。

小学生、中学生、高校生、大学生…家庭の中でも。

幼いころからずっと、”自分の感覚で話すこと”を受け入れてくれる人たちはいました。


でも、楽しくて夢中になると、誰かに否定的な感情をぶつけられたりすることも多かったんですよね。

時には、父に怒鳴られることもありました。

だから、楽しくなると、周囲を気にするようになって、否定的な感情を持ってる人を探すようになった。

否定的な感情を持てる人を見つけるたび、自分を責めて、楽しく話すことをやめてしまいました。目立つことがないように…。


時には、自分の思いを伝えたことで、誰かが涙するのを見ることもありました。

鮮明に覚えているのは、母の泣き顔です。

今になって考えると、母は傷ついたのではなく、母自身が押さえ込んでいた感情が表面に出てきただけなんだと思います。

でも私は『母を傷つけてしまった』と思って、自分の感じたこと、考えたこと、感情…いろんなものを表現することを抑え込みました。


『自分の感覚を表現してはいけない。大切な人を傷つけてしまう。』と思ってしまったんですよね。


でも、人の相談にのるようになって、自分の感覚を受け入れ、喜んでもらえる場所があることを知りました。

だから私は、『深く話すことをしたい』と思うようになり…そのために、セラピストになったのかもしれません。


自分の感覚を表現することを恐れ、否定し続けていたけど…

自分の感覚をお受け入れてもらえる場所を見つけたことで、”セラピスト”という仕事に出会うことができたのかもしれません。

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