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人見知りで引っ込み思案な女の子が、全校生徒の前で話すようになった話

こんにちは、愛弓です。

セラピストとしてお客様にかかわることも多かったので、「実は、ものすごい人見知りなんだよね~」と言っても信じてもらえないことも多いのですが…

私はもともと、人見知りで引っ込み思案な女の子でした。

あまり目立ちたくはなくて…

できれば、誰かの後ろに隠れていたいと感じていたんだと思います。


そんな私ですが、小学3年生で”話すこと”についていくつかの経験をしました。

そのおかげで、人前で話すことが増え、高校時代には壇上にあがり、全校生徒の前で話すようになりました。

そんな私の体験談を書いていこうと思います。

https://healinghands-ayumi.net/wp-content/uploads/2019/03/dfdc5dad961fe7eef37ba5cdafaf4e8e-1-e1553671532754.jpeg愛弓

今日のお話は、

人見知りで引っ込み思案だった女の子が、全校生徒の前で話すようになるまでの話だよ。

人見知りで、引っ込み思案な女の子だった

幼いころは人見知りで、引っ込み思案な女の子でした。


友達がいても、なかなか声をかけられなくて…

母に「行っておいでよ」と背中を押してもらったり、母が友達に声をかけてくれることもありました。

友達のお母さんに声をかけられても、挨拶できなくて、母の後ろに隠れてしまう。

そんなこともあったと思います。


小学生になっても、友達に声をかけるタイミングがわからなくて…。

心の中で何度も何度もシミレーションしながらドキドキしました。

『今かな?』『いやでも…』

『こんな感じかな?』『もっと明るいほうがいのかな??』

そんなことを考えてるうちに、タイミングを逃してしまいました。


仲良く話してる子たちの中に、一人で入っていく勇気なんてなくて。

気づいた時には一人ぼっちになっていて、いつのまにか、いじめられていてました。

でも、いじめっ子をうらむことも誰かに助けを求めることもできなかった私は、一人でいろんな気持ちを抱え込んでいました。

気持ちが抑えきれなくなって泣いて知ったときに、先生に「泣いてはいけない!」と怒られたり、嫌な顔をされたり…そんな中で、『大人は助けてはくれないんだな』と感じました。

『自分の子供だってすごいんだ』と主張するために、クラスメイトのお母さんたちに持ってかれてしまった、私の大切なもの。

誰も助けてなんてくれなくて、『もっと強くならなきゃいけない』と思いました。


『大人の助けを待つのではなく、自分で居場所を作っていかなきゃいけない

『強くならなきゃいけない』

そんな思いが、私の生き方のベースにあったんだと思います。


いじめられたり、傍観者になったり、自分を守るために誰かをいじめてみたりいじめられてる子を助けようとしたら自分が巻き込まれちゃったり…いろんな体験をしながら、自分の居場所を探していました。

不思議なもので、”いじめ”というやつは、小学校でも、中学校でも、高校でも、大人になっても…どこにでもあるんですよね。形を変えていくだけで。

いじめとか、様々な人間関係を通じてたくさんのことを考えさせられた。


あ…ちょっと話が脱線してしまいました…。

いじめとか、そういう人間関係の中で感じてきたことは、また別の機会に書いていこうと思います。

とにかく、幼いころの私は、人見知りで引っ込み思案で…優しいというより、弱かったんだと思います。

自分の気持ちを抑え込んで、我慢することしかできなかった。

小3での体験をきっかけに、人前で話すことが増えた

人見知りで引っ込み事案で…なかなか友達を作ることができなかった。

そんな私が、人前でに出る機会が増えたり、人前で話すようになったのには、小学3年生でのいくつかの体験がきっかけになってると思います。

自分から声をかければ、友達はできる

小学3年生になっても、また声をかけるタイミングがわからなくて、一人ぼっちになってしまった休み時間がありました。

『友達がいないのかな?』とか『一人ぼっちなのかな?』と、誰かに気づけれてしまうのが恐くて…

一人でノートに何かを書きながら、『私には、一人でやりたいことがあるんだよ~』と謎の演出をしていました。

でも本当は寂しくて…心の中にいる小さな私はずっと泣きそうで。チラチラと周囲の様子をうかがいながら、誰かが声をかけてくれるのを待っていました。


そんなある日、強い風がふいた。

窓際の席だった私は、ふわっと広がったカーテンに包まれて…その中で誰かにささやかれたような気がした。

『~~~~って、声かけちゃえばいいじゃん♪』

その言葉を聞いて、クラスの子に声をかけると、あっというまに友達ができた。


毎日『明日も、誰かと話せるかな?』『また一人になったりしないかな?』って不安でいっぱいだった。

でも、気づいたらどんどん友達が増えていって、すごく楽しかった。


私は【自分から声をかければ、受け入れてくれる人がいる】ということに気づいた。

自分に自信がなくて、『誰かが声をかけてくれたらいいな』ってまってしまうこともある。

でも、自分から声をかけてみたら、自分が思ってたよりもみんなは優しくて、こんな私のことも受け入れてくれた。

自分の意見を主張すれば、誰かの心に響くこともある

ある日、クラスで討論会をすることになった。

2つのグループに分かれて、討論する。そして、意見が変わったら、そのグループに移動する。

そんな討論会だ。


私は黙って、みんなの話を聞きながら。いろんなことを考えてた。

いろんなことが頭の中でぐるぐるして、『なんだ、単純じゃん。なんでみんな、気づいてないんだろう?』と自分なりの答えが出た。


手をあげる勇気がなくて…心の中でずっと葛藤してた。

『なんでみんな気づかないの?』

『きっと気づいてるのに、どうして誰も言わないの?』と心の中でモヤモヤが大きくなって…

やっとの思いで手をあげて、声を発した。


たくさんの人が机をもって、大移動が始まった。

クラスのほとんどの子たちが、同じ意見になった。

「これじゃ、討論会にならないな…」とその日の討論会は終わった。


この時、私はきっと【自分の意見を主張することの楽しさ】を知ったんだと思う。

勇気を出せば、支持してくれる人もいる

ある日、副学級委員長を決めることになった。

『やりたい』と思ったけど、『どうせ私には無理だ』と手を挙げる勇気なんてなかった。

でも、誰も手をあげなかったので…勇気を出して手を挙げた。


数人が同時に手を挙げて、プチ選挙が始まってしまった。

途中で断る勇気がない私は、震えながら演説する。


気づけば、私が副学級委員長になってた。

私は【自分の意見を言うことの楽しさ】と【こんな私でも、支持してくれる人がいるということ】を知ったのかもしれない。

小3での体験がきっかけになって、人前にでたり話すことが増えた

人前で話すことが苦手で、引っ込み思案で…目立つのが苦手で、できれば誰かの後ろに隠れていたかった。

そんな私だけど、小学3年生のいくつかの体験がきっかけになって、【人前で話すこと・自分の考えを伝えること】の楽しさを知ったんだと思う。


それ以降は、代表委員・バトンクラブのリーダー・放送委員・入賞した作文を学年集会で読む・生徒会……

人前に出ることや話すことに関して、いろんなものを体験させてもらってきたと思う。

それも全部、小学3年生でのいくつもの体験のおかげだと思う。

今でも、当時の担任の先生には感謝してる。

壇上で話す先輩にあこがれて、生徒会へ

高校の入学式、壇上で話す先輩が、キラキラと輝いて見えた。

『あそこで話してみたい!』と目を輝かせた私は、そこに行く方法もわからないまま、少しづつ、動き出した。


高校2年になった時、委員会の副委員長になった。

生徒会上層部の会議に参加しながら…『本当にきてしまったんだな』と少し緊張した。

すぐに委員長が体調を崩し、委員長代行として人前に立つことになった。


そのまま、委員長代行として1年間過ごすことになり、毎月、壇上で話し続けた。

予想よりも早い展開だった。

初めて、壇上にあがって話した

初めて壇上にあがった時は緊張して、自分の脈しか聞こえないくらいドキドキした。

…ドキドキなんて音じゃなくて、ものすごく大きな脈を打つ音が聞こえて、もう『このまま死んでしまうんじゃないか』とさえ思った。


マイクの前に立ったら、足がガクガク震えて、うまく声が出なかった。

声にならなかった何かを一気に飲み込んだ。

『声が出ない。でも、声を出さなきゃいけない。自分で何とかしなきゃ…』


やっとの思いで発した声は、今までに聞いたことがないほど震えていて、自分でも驚いた。

戻したいのに、元の声に戻ってくれない。


元担任の先生が心配そうにのぞき込む顔だけがはっきり見えて……そのあとは、頭の中が妙に冷静になった。

冷静になるほど、緊張した体と声がよくわかる。

頭は冷静なのに、体が言うことを聞いてくれない。そんな自分のふがいなさを感じながら、話し続けた。


下を向いてる人、退屈そうな人、おしゃべりしてる人…いろんな人がよく見えた。

緊張してどうしようもないのに……内側から楽しさがこみあげてきた。


できない自分、ダメな自分。

『先輩たちはできてるのに…』と自分を責めそうになる私を、心配して慰めてくれる先輩たち。

たった1年という年の差で、たった数回の経験の差で…こんなに大きな差があるとは思ってもいなかった。


今思えば、先輩たちはその数か月前から壇上に上がっていた。

でも、それに気づけなかった私は、自分だけができなくて悔しかった。


「全然うまくできなかった…」なんて口では言いながら、『楽しかったな』『またやりたいな』『次こそ…』と来月を心待ちにしてワクワクしてる自分がいた。

『次はどんなふうに話そうか?』

『それまでに、どんな準備をしようか?』

とにかく楽しかった。

1年間で、たくさんのことを学んだんだと思う

約1年間、壇上に立ち続けた。

そして、壇上に立つためにいろんなことを感じ、学んでいったんだと思う。


高校3年生になるとき、生徒会をやめ、受験勉強をすることにした。

”壇上にあがって話すこと”や”委員会でリーダーとして自分にできること”を学びきったような達成感があったから。

『もうここですべきことはないな』と思った。


もちろん、そのまま続けたい気持ちもあった。

でもそれは、自分の居場所を守るためとか、周囲に認めてもらうためみたいな保守的な理由のように感じてた。

だから、『生徒会を辞める』という決断ができたんだと思う。


あの日、キラキラと輝いて見えた先輩のように『壇上で話してみたい!』という思いは満たされたんだと思う。

だからもう、必要なかった。

”人前で話すこと”に関して、自分の中で一区切りついたんだと思う。

今になって思うこと…

人見知りで引っ込み思案なのに、人前に出るという矛盾

引っ込み思案で、『人前には出たくない』『誰かの後ろに隠れてたい』ってタイプだったのに…

なぜか、人前に出ることを『やりたい』と思う瞬間が何度もありました。


そういう時って、心の中でものすごい勢いで『やりたい』って気持ちが膨らんでるような気がして…自分でも理由がわからなかったんですよね。

ただ、やりたかった。

でも、私には手をあげたり、「やりたい」と言葉にする勇気なんてありませんでした。

『私なんかが…』って、自分のことをすぐに抑え込んじゃうんですよね。


でも不思議なことに、

そういう時は誰かが推薦してくれたり、『愛弓、やってみれば?』と冗談まじりで声をかけてくれることも多かったんですよね。

だから、『じゃぁ…』と前に出ることができた。


それか、誰もやりたい人がいなくて、時間だけが過ぎていって、教室が変な空気になるんですよね。

で、『この空気嫌だな』って。

だから、「誰もやりたい人がいないなら…」という感じで前に出ることになったり…。

目立ちたがり屋というよりは、みんながやりたくないことを引き受けた感じになって、「ありがとう」って言われたるするような状況でした。

だから、「誰もやりたい人がいないなら、私がやります」って前に出れたのかなって。


自分から『やりたい』と言うのは恐いんですよね。

周囲に『目立ちたがりやだな』とか『生意気だな』って思われたりするのも恐かったし、陰でいろいろ言われるのも恐かった。

だから、そういう機会がなければ、私は『やりたい』と思っても手を挙げることはなかったと思う。


自分の中で『いろいろと矛盾してるな~』とも思うんだけど…きっと、大事なことだったんだろうなと思う。

だから、『やりたい』と思ったときにチャンスをもらえてたことは、とてもラッキーだったと思う。

将来のための準備だったのかもしれない

不思議なことに…

高校を卒業する頃には、”人前で話してた”という記憶がすっぽり抜け落ちちゃってたんですよね。

久しぶりに思い出したのは、就活で自己分析したとき。


自分の好きなことを探していたら、当時のことをいろいろと思い出しました。

『もしかしたら、人前で話したいのでは??』とも思ったんですけど…

当時の私には、人前で話したいような内容なんて何も持ってなかったんですよね。

だから、それを仕事にしていくことはできないんだなって。

『もしかしたら、人前で話すことが好きなのでは??』と思ったのなんてほんの一瞬のことで、そのまま忘れていました。


でも、セラピストとしていろんな経験を重ねて、自分なりに癒しを追究してきたきた今、私には”伝えたいこと”がたくさんできたんですよね。

だからやっと、当時のことを改めて思い出す機会がやってきたんだと思います。


今はまだ、どんな言葉で、どんなふうに伝えればいいのかもわかりません。

本当に自分が伝えなきゃいけないことなのかもわからないし、『他のだれかに任せることができるなら、任せてしまいたいな』ともここ数年ずっと考えていました。

でも、自分と同じ考え方をして、同じことをやってる人に出会うことができなかったんですよね。

だから、他の誰に任せるのでもなく、自分自身で表現し、伝えていかなきゃいけないなって思うようになりました。


今はまだ、どうやって伝えていいのかも、どんなふうに伝えればいいのかもわからなくてモンモンとしています。

だから、こうやってブログを書きながら整理していきたいと思っています。


もしかしたら、あの頃に体験してきたことは、将来に向けての準備だったんじゃないかなと思う瞬間もあって。

『そんなに夢見るべきじゃない』『調子に乗りすぎだよ』とその考えを打ち消そうとする自分がいます。

でも、結果なんてわからないし、そんなに否定するつもりなんてないなって。


いつか、本当にそんな日が来たら、楽しいかもしれないなって思って…今はブログを書いています。

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