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【相談にのること】自分の感覚を表現しても喜んでもらえる場所を見つけた

こんにちは、愛弓です。

私は約7年間、セラピストとして活動していました。

治療院系列のお店で整体をしたり、リラクゼーションサロンでボディケア・アロマトリートメントを提供したり…

個人的に、カウンセリングやコーチングのようなものを提供していた時期もあります。


”癒し”をテーマにしてお仕事していると、『昔から、人の相談にのることが多かったの?』なんて聞かれることもありますが…

私はもともと、あまり誰かの相談に乗っていたような自覚はありませんでした。

むしろ、人の相談されるような優しい雰囲気を持った人へのあこがれ・嫉妬心があったような気がします。


そんな私ですが…

大学時代に「相談に乗って」とか「相談してもいい?」と言われえることが増えて、初めて『相談されてる』ことを自覚しました。

そして、”深く話すこと”の楽しさを知りました。

これが、”セラピスト”という仕事につながり、今も『深く話すことをしたいな~』と思うのは…

”相談にのること”や”深く話すこと”を通じて、自分の感覚を表現することが、誰かのためになったり、誰かに喜んでもらえる場所を見つけたからなんじゃないかなと思います。

大学時代、人に相談されることが増えていった。

もしかすると、高校時代も、中学時代も…相談に乗っていたのかもしれません。

でも私は、「相談にのって」とか「相談してもいいかな?」と直接言われるまでは、『相談にのってる』という自覚を持っていませんでした。

ごく普通の日常会話とおんなじだったんですよね。

それくらい、私にとっては自然なことだったんだと思います。

”深く話すこと”で、不思議な感覚を体感するようになった

相談されてると、心がつながるような一体感を感じたり、不思議な感覚を体感することが増えました。

  • 相手の感情を体感して、それを紐解きながら感情を癒したり…

  • 話を感覚的にとらえて、見えたビジョンを追いかけながら、心の奥にあるモノに触れていったり…

  • 相手の心の状態・欲してる言葉・心の中にあった思いが手に取るようにわかって、それを必要なタイミングで発しながら、本人が気づいて解決していけるように導いたり…


”深く話すこと”を通じて、不思議な体験を繰り返していると、そこにはいつも、誰かの”癒し”がありました。

それは同時に、私自身の楽しみで、”癒し”でもあったんだと思う。

”自分”ではなく、誰かと同化するような…その瞬間の感覚がものすごく大好きだった。

相談に乗るのが大好きで、ものすごく楽しかった

人の相談にのってると、「大丈夫?」「疲れない?」と心配してくれる人もいます。

でも私は、相談にのることが大好きだった。


人の心に触れる感覚が楽しくてしょうがなかった。

誰かの感情を一緒に感じることがものすごく心地よかった。

人が変わる瞬間を一緒に感じると、心が温かくて、うれしくなった。

一緒に、自分のことみたいに喜べると、それはもう私自身が喜んでるのと一緒だった。

誰かと心が一体化していくような、その不思議な感覚が大好きだった。


『悩んでる人がいるのに…相談に乗ってるのに『楽しい』なんて思っちゃいけない』と思って、誰にも言えなかった。

でも私は、人の相談に乗ることが大好きで、ものすごく楽しかった。

そこで感じる悲しい感情も、苦しい感情も…その内側にある愛情とか、あたたかい気持ちも…全部が大好きだった。

自分の感覚を表現することで、喜んでもらえる場所を見つけたのかも…

幼いころからずっと、私の心の中には、『自分の感覚を表現しちゃいけない』という思い込みがありました。

目の前にいる人には必要な言葉であっても、一般的な考え方とは違うこともあるんですよね。

そういうことを、何度も何度も注意されていたり、バカにされ、笑われたことがあります。


自分の感じていた思いを打ち明けた時、母は泣いたことがあります。涙を浮かべて、それを隠すために論点をすりかえて、私を怒ったことがあります。

母の涙を見た私は、その涙の意味が分かりませんでした。

だから私は、『母を傷つけてしまった。私はなんて悪い子なんだろう。』『どうして、こんなにも人の心を考えることができないんだろう?』と自分を責めてしまいました。

『自分が思ったこと・感じたことを言葉にすることで、人を傷つけてしまう』

そう感じた私は、自分の感情も、感覚も抑え込むことにしました。


もしかすると…相談にのることで、

『抑え込まなきゃいけない』と思い込んでいた”自分の感覚”を表現しても、誰かに喜んでもらえる場所を見つけることができたから楽しかったのかもしれない。

必死に抑え込もうとしてきた”自分の感覚”を素直に表現できることがうれしかったのかもしれない。

そんな風にも思います。

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